こんなに良い人はいない、、と皆が口をそろえる国営放送のホセさん。感謝の記念碑をcostaneraに設置してきました。ラプラタ川に向って大きな幹を広げている、お気に入りの木をホセさんの木としました。 広がる幹を見上げながら、評価して下さり、信頼して下さった多くの方々を思い出していました。コスキンフェスティバルを見ていて、フト考えてしまうときがあります。もしかしたら自分が行っていることは思い込みと自己満足? 微妙な場所を永遠に右往左往しているのかもしれません。ソンナ中で、ホセさんのように心から貴重な一票を投じてくださる方々に感謝。同時に何処かに辿りつく以前に一票に応える日々を送り続けることをアラタメテ心に刻みました。「君は日本で生まれたけれどラテンアメリカの手を持っているんだよ」 2009年にホセさんが手配してくださった、国営放送の後援に応える日々を今年はシッカリ送ろう。旅に出る前のトレーニングの手続きを済ませました。丁度10年前に行ったメニューをこなす事はダイブ難しい年齢ではあるのですが、今回のコスキン野外ゲストで「踊るチャランゴ」紹介した際に静まり返った瞬間、司会者の方が演奏の後に変わった対応で、「これはやるしかない」と思えました。 佐野まり http://twitter.com/sanomari 今回のコスキンへの旅、1番の目的は穏やかなコスキンの川の向こうにそびえるPan de Azucalという小高いコスキンの山に登り、10年前に頂上においてきた亡くなった友人の記念碑にお祈りすること。到着して3日目、19日に宿泊先を出発、今回は体調がイマひとつだったので往復を歩くには至らず、タクシーで途中まで向かい、友人の報道関係者から頂いた名刺でリフトに乗って頂上まで、、(前回は全ての行程を徒歩) この日は若干、曇り空だったのですが、頂上に辿りついて佇んでいると十字架の向こうから閃光が届いて、幻想的な空を見ることができました。 頂上はリニューアルされていて、あたり1面に手すりの囲いが設置されていました。以前のように自由に動くことの出来るスペースは限られていて、置いてきた記念碑もなくなっていました。新しい記念碑を大きな岩と小さな花の密集している場所に設置。今回は岩の間に隠してきました。今度は何年後に訪れることができるか、、この10年、旅を重ね様々なことが積み重なっていますが、何時も誰かに深く強く守られている気がしています。あらためて挨拶、そして感謝、巡礼コスキンの旅から戻ってきたところ先程、残念な知らせを受け取りました。 国営放送のディレクター、非常にお世話になっていたJose Luis Gonzalezさんが昨日亡くなられたとのこと。2009年、ラジオ局の後援を手配して下さり、日本のテレビ局のドキュメンタリー番組の撮影の際も素敵なコメントを下さって、常に暖かく丁寧に番組進行を進める姿が印象的でした。あまりに突然のことで驚いています。親しいアナウンサーの方に新作「マリオの歌」を渡してもらったばかりでした。心よりご冥福をお祈りします。 ホセさんは、こちらで紹介されています。(グッと地球便) http://www.ytv.co.jp/chikyubin/director/backnumber/backnumber6.html#0531 佐野まり http://twitter.com/sanomari http://www.facebook.com/danzacharango
マリオと共に「ほほえみの歌」を制作しました。
http://youtu.be/EKLff67qjzA ![]() Vo Maria de los Angeles Ledesma Piano Pablo Juarez Charango, ocarina, percusion Mari Sano Mix Gaston Garcia Recording Silvester Studio Direccion Loro Mario 作詞・曲 佐野まり 今年も、どうぞよろしくおねがいいたします。 佐野まり http://twitter.com/sanomari http://www.facebook.com/danzacharango コロンビアから無事帰国後は、年末の御挨拶と忘年会が続いています。コロンビアからブエノスアイレスに訪れている友人と合流、御馴染み博物館へ御挨拶に伺った後、久しぶりにコロン劇場へバレエを見に行ってきました。演目は「海賊」El Colsario 多くの特別なゲストを迎え、6日間に渡って開催された演目の最終日。既に指定席は完売しており、かろうじて立ち見の席で見ることができました。コロン劇場は訪れるだけで身が引き締まります。圧倒的に素晴らしい男性ダンサーJuan Pablo Ledoが物凄い拍手喝采をあびていました。ダントツの技術と存在感、一つ一つの動きに歓声で湧き上がり久しぶりに興奮。1週間滞在する旅行者の友人と引き続き過ごしそうな勢いでしたが、旅行者の質問や要望に応えていて、ふと我を見失いそうになり、やはり年末は地に足をつけ、現地在住の皆様と今年をシッカリ振り返ることにしました。人にもよると思うのですが、観光ガイドにおいては全てが国単位の見解となり個人の存在は消失します。大事な年末は積み重ねてきた日々を個人的に振り返り、来年に繋げる大事な一時。 ブエノスアイレスの母、カンポスさんの御宅にコロンビア帰国報告も兼ねて伺いました。旦那様が手術後、体調を崩しているとのことで今日はマッサージ、指圧を行ってきました。とても喜んでくださってコロンビアの良いエネルギーを届けることができたみたいです。Juaicaを訪れてから不思議なエネルギーが宿ったような、、気がしています。夜は御馴染み大家さんに連れられ奥様の親友のベルタさんのお宅で忘年会。コロンビア渡航直前、フフイ地方出身のベルタさんの50歳記念の誕生日で演奏しました。その誕生会で遭遇した方達がいらしていて、皆さん子供病院に勤務されている方々でした。本当に貴重な多くの話を聞かせて頂き、医療に携わっている方々の日々、体験、、立派な仕事をされている方々、本当に感謝、尊敬。彼女達の勤めるRicardo Gutieres病院には2004、2005年に3度ほど演奏で伺ったこともあり、不思議な偶然の繋がりを感じています。 日本は既に大晦日、皆さんいかがおすごしですか? 素敵な年越しをおすごしください。昨年は日本で紅白を見ながら久しぶりに実家で過ごすことができました。今年は再び日本の年越しをアルゼンチンの正午に思っています。佐野まり ボゴタ郊外のテンホという村の外れにある、御宅に撮影のため滞在。今回、一緒に仕事を進めている映像作家の姉妹が3人揃って暮らしている家なのですが、夢を見ているような、、素晴らしい景色。山羊、羊、牛、ニワトリ、牛、、全ての家畜が勢ぞろい。元気な3匹の犬と戯れつつ、食事は自家菜園の畑へとりにいき、暖をとるための薪を拾って、夜は暖炉を囲んで音楽演奏、、豊かすぎる生活に酔いしれ喜びつつ、撮影を進めていました。もちろん制作は意見を激しく交換する場面もあるのですが、全ては良い作品を制作するため元気満々がんばっています。 3度目のコロンビア、少しずつ以前の滞在で親しくなった人々と再会しています。到着した当初から即、連絡をくれたNathalie Gampert、コロンビアの誇るベーシスト。国籍はスイスの彼女は20年以上に渡るコロンビアでの活動と実績、充実した音楽活動を積み重ねている尊敬するアーティスト。 初めてボゴタに到着した当日に友人に連れられ、彼女の誕生日に参加しました。頂いたCDはベースを中心としたアルバムで、公演にもゲストで招待して頂いて、出会った瞬間から共通する何かを感じています。その「何か」が今日の再会で見えました。現在、新しい映画の制作でコロンビアを訪れているのですが、今日は彼女の参加したドキュメンタリー映画作品を監督の御宅で見せて頂きました。こんなに感動したのは久しぶりです。コロンビアの原住民をテーマにした素晴らしい映像作品でした。監督は完成したばかりの作品を手に、ヨーロッパのフェスティバルで発表、帰国したばかりでした。 http://www.cromatophoro.org/ 映像も素晴らしいのですが、何より見事に音楽が映像を豊かに最後まで運んでいる。本当に見事に映像を包んでいました。彼女に合う度、その音楽への情熱と日々の集中力、暖かい眼差し、バランスのとれた人柄、そして今日の偉大な作品であらためて尊敬。 コロンビアは純粋な芸術的エネルギーに出会える場所。 今日、彼女と街を歩いていて、「マリオがいるよ」 ?? ふと見上げた窓にアマゾンインコがとまっていました。羽根を切られているのでしょう、、止まり木で静かにみおろしていました。ブエノスアイレスに残してきたマリオを強烈に思い出し、暫く眺めつつ、その場を立ち去ろうとすると「CHAO!チャオ」、物凄く大きな声で話しかけられビックリ。 正直、コロンビアの後の行き先を数日まよっていたのですが、このインコとの出会いで決定。コロンビアでの滞在の後、一旦ブエノスアイレスに戻ることを決めました。やり残してきている続けなければいけないことがあります。見失いかけていた大事なことにコロンビアで気が付くことができました。 佐野まり
創ることに徹してきた2011年。残り2ヶ月も同じく創ることに徹して完成のみ目指して過ごすことを誓います、、「はちどり宣誓2011」、ヒタスラそんな日々を送っています。3度目のコロンビア、、音楽家、俳優、ダンサー、多くの友人への連絡をとりたいのは山々なのですが、完成するまではヒタスラ集中、エネルギーを絞ることが日々必要になっている今日この頃。
![]() 制作している映画のテストレコーディングを行いました。監督のスタジオにて録音機材を接続、ホームレコーディングですが、とても良い音色で録音できただけでなく、急遽オカリナで浮かんだ音色を紡いでいて、本当に自然に楽しく制作が進んでいく心地よさをシミジミ感動しました。創ることに全てを賭ける、そんな当たり前の事が難しかった日々。ただただ出会いに感謝。作品が生まれ、発表の機会を得て、物語が刻まれ、ひとつの歴史となっていく、、そんな過程を初めて穏やかに楽しんでいます。 物事をシッカリ進めるためには、制作や煮詰める時間のみに徹し、エネルギーをコントロールすることが必要な1年でした。 制作の仕事に徹するには、普通の生活を全て楽しむことはできない。何かを削らなければ物事は成就しない。 無意味に集まる機会や、人の噂、中傷などを交わすような場所、今までの物語を説明しなくてはいけない初対面の方に無理やり接する機会、、を全て削除、前進、制作あるのみ、、の1年。 後1ヶ月、、変わり目の1年になりました。
眩しく暑い日差し、初夏ブエノスアイレス。久しぶりに布団を干し、部屋の大掃除に取り組んでいました。雲行きベットは3mという高さにあるため、マットを下ろすのはカナリの気合がいります。大きな動きに相棒マリオを驚かせたくないのですが、長い旅に出る前は常に身の周りを整えてから出かけます。布団をバンバン叩いてみると驚くほど埃が舞って、陽の光にキラキラ輝きつつ空高く舞い上がっていきました。
そんな布団を叩く場面が印象的だった、、今日みてきた映画「Violeta se fue a los cielo」 (訳・ビオレッタは天へ逝った) チリのシンガーソングライター、Violeta Parra ビオレッタパラの生涯を綴った作品がブエノスアイレスで公開されています。1917ー1967 50歳の生涯を自殺で閉じた、研ぎ澄まされた感性と創造的先駆者だった女性。Andres Wood 監督、映像がトッテモ素晴らしく、激しいビオレッタの人生を女優Francisca Gavilanが見事に演じています。まずギターを学ぶことから始め、実際に彼女が歌うビオレッタの歌声、本当に心に響いてきました。誰もが知る有名な人物を演じるのは本当に勇気のいることだと思うのですが、細やかな表情、歌声、全てにおいて完璧な演技、凄い女優さんだな、、とシミジミ。(映画の最終場面でビオレッタの娘が布団をバンバン叩いて干していました)女優Francisca Gavilanは、まさにビオレッタ本人そのものになりきっていて、未だに様々な場面の激しい表情が頭をよぎっています。予告編 http://www.youtube.com/watch?v=na4T1Z9STO0 Verdades Verdaderas 軍事政権時代に3万人にのぼる若者が蒸発、捉えられていた若者が収監先で産んだ子供が連れ去られ、様々な形で引き取られ、本当の親を知ることなく育っている、、孫を探す蒸発者の母達の組織の代表、Estela Carlotto の人生を綴ったフィクション。アルゼンチンを代表する一流の俳優の素晴らしい演技によって、心に深く深く真実の歴史が刻まれる映画でした。未だGuidoと名づけられた孫を探し続けている主人公、AND鑑定によって100人以上の孫達が祖父、祖母と会うことができています。30年以上の時が流れ未だ尚、解決することの出来ない哀しい歴史の余韻。周囲の音楽・芸術関係者の多くが、そういった問題解決に携わっているので、常に意識してはいますが、このように明確にされたフィクションを見て、あらためてアルゼンチンにおける重い表現の土台を心に刻みました。 予告編 http://www.youtube.com/watch?v=oB1FZm8T7yQ 社会的弱者の立場になって考えたり、物を見ることを最近忘れがちでした。アルゼンチンの社会問題をテーマにした映画を見る度に視野がグンと引き戻されるような、、そんな手ごたえのある映画MIAを見てきました。ブエノスアイレスの日常で、今となっては目にすることが当たり前となっている、カルトネーロ、、台車をひきながらダンボールを中心に集め生活する人々。その仕事に携わりながら、手芸の才能を生かして近所の人々に裁縫で奉仕しつつ、VILLAといわれるハーレムに住む女性の話。 しかも自身の住む小屋は御馴染みdesarojoによって解体され住む場所を失ってしまう。。そんな女性が母親が自殺してしまったことで壊れた一般家庭の一家と、その母親が生前に書き記した日記を仕事柄ひろったことで、精神的に娘と父親を助けることとなり、経済的な大きな壁を乗り越え、優雅な体験を重ねつつ、最後は元に戻っていく、、 存在するあまりに大きな格差社会のソレゾレを行きつ戻りつする中で見えるというよりも、想像力を高めていく、、 予告編 http://www.youtube.com/watch?v=1w5z8sonD88 Violeta se fue al cielo で芸術家の真髄に触れ、Veldades Veldadera で継続して闘う方の心意気を知り、今日のMIAで格差社会の壁の高さを心に刻み、、出発前の映画日和で心身の準備を整えつつ、相棒マリオのションボリした眼差しを前に途方に暮れつつ。 後3日、、今までになく出発準備が滞っています。 佐野まり
長いこと制作してきた歌を初めて舞台で紹介しました。「博物館の夜」 70万人にのぼる人々が20時より深夜1時に至る、市内の博物館での催しに参加、市内の交通機関も無料で提供され、本当に多くの方々でブエノスアイレス首都圏は盛り上がっていました。 舞台から見る人々の姿はマルデ富士山のようにコンモリしていて、その真上に満月が光り輝いていました。
何度もココで触れていますが、満月を見ると今は亡き方々と交信できるような気がしています。丁度、松田さんの命日でした。彼は特に歌に思い入れがあり、チャランゴは「よくわからない」、、と南米に渡りチャランゴに徹してから寂しく思っていたことを、インターネットを通じて亡くなる直前の手記で知りました。満月を見ながら、昨日の舞台を笑顔で見ていてくれる様子を思っていました。 初めての舞台での共演となったピアニスト Pablo Juarez、歌手 Maria de los Angeles Ledesma との新鮮な一時、そして特別ゲストに日本人学校の生徒さん、光さんのバイオリンが加わわり、特別な夜になりました。彼女の音色は澄み切った純米酒のようです。赤とんぼ、ジュピターの後、チャカレーラの名曲 puente carretera に繋ぎ、皆さんに踊って頂きました。 前半の踊るチャランゴは非常に厳しい制作を伴いましたが、照明担当者と共に15時より本番直前まで出来る全ての調整を行い、何とか形にできましたが、、舞台裏は本当に難しく、どうなることやら、、照明の色で最も必要な青のセロファンが足りず、最寄の会場に相談して特別に頂きました。その会場の担当者は、既に設置してある照明器具から外して用意してくださいました。心無いオーガナイズを心に刻むと共に、この暖かなサポートは絶対わすれない。今年に入ってから日常で足先を鍛える訓練を重ねてきたのですが、以前よりもバランスがとれるようになりました。派手な動きよりも細やかな流れを模索しています。特に今回は場所が狭く出来ることは限られていました。音響担当者の作ってくれたカホンの音色が嬉しかったです。 映像 http://www.youtube.com/watch?v=iatGXEAZKD4 佐野まり 2009年、2010年と独立記念日から死者の日に至るまでメキシコで過ごしてきて、今年もソンナ日々を思い描きつつ、今年の制作が立て込んでメキシコへの渡航には至りませんでした。メキシコからメールで何件か今年の公演の問い合わせを頂いて感激しています。荷物も残してきているので一刻も早い旅の準備を進めつつ、昨夜は再びアルゼンチンでメキシコの催しに参加してきました。 ブエノスアイレス市内の博物館で行われたメキシコ大使館主催の死者の日のイベント、物凄い盛況でした。1000人以上の方々が訪れていたのではないかと思います。会場では御馴染みコロナビール、ワインの提供、そして死者の日ならではの死者パンが配られていました。亡くなった方々と出会う1日、日本のお盆に通ずると思うのですが、今年はアルゼンチンの芸術家、マリナエレナウォルシュの追悼が大きく盛り込まれていました。御馴染み写真家の友人グループと合流、毎回メキシコの波動は大きなエネルギーと未来の扉が開いていくヒント、忘れがちな大事な精神性を振り返る貴重な一時に至ります。今は亡き父、友人を思いながら死者パンをかじりつつ、Cielito Lindo を歌ってきました。今年こそ果たしたいこと、祭壇にお約束。 レポートビデオをアップしました。 http://www.facebook.com/danzacharango 佐野まり 23日に圧勝で続投となった現・大統領の御主人、元大統領Kirchner 氏の追悼番組が1日放送されていました。亡くなってから丁度1年、、女性大統領の2期就任、その力強い発言の数々に圧倒されます。今日の追悼番組を見ていてシミジミ、この国の大きな変化の数々と共に、これまでのアマリにヒドイ政治の数々、、選挙前は批判が膨らむことも多かったのですが、圧勝となってからは静かな準備期間。 新しい4年が楽しみにワクワクとした人々が周囲に多いのですが、未来をポジティブに模索、コツコツと日々の仕事に徹する人達の波動、選挙前の鬱蒼とした状態が一掃されました。そろそろ暑くなる時期なのですが、ブエノスアイレスは冬前のようにヒンヤリ冷え込んでいます。この不思議な寒さに体調を崩している方も多いのですが、爽やかで眩しい陽射しを見上げながら、すっかり信頼を快復することができたマリオと寄り添いつつ、、次の旅の支度を始めました。 今年中に制作を完了したい作品をコロンビアで煮詰めることになりそうです。 マリオの映画が完成してから1週間、明日作品が工場から出荷されるのですが、作品を全て手にするまでは未だ信じられません。もちろん、その作品が問題なくキッチリと見ることができて、子供達の手に届き、その反響を見届けるまで、、。現在のアルゼンチンの政治の動向と同じく、未来を期待するというよりも、ただただ信じつつ黙々と日々できることを重ねるのみ。 次の制作物語が楽しみです。女性3人で元気に制作、撮影を終えたのは4月でした。終了直後に監督は母国コロンビアへ。撮影物語を再び映像編集でアップしました。本当に刺激的で楽しかった。良い出会いに恵まれました。昨日Palais de Glaceで行われた写真家の特別展示Buenos Aires Foto へ御馴染み尊敬する大写真家の友人と共に行って来ました。招待客のみオープンセレモニーだったのですが、そこで彼女から紹介された女性は、何とコロンビアの映画監督が同居していた友人でした。世の中って歯車が噛みあうときはトッテモ狭く、繋がっていきます。 マリオを再び裏切ってしまいそうで少し迷っていたのですが、この歯車で旅を心に決めました。きっと彼女となら良い作品を制作することができる、そして何かが始まる、、会場でMarcos Furerの素晴らしいハチドリの写真に感動しました。撮影物語(我母への支持・再びココを押してください) http://www.youtube.com/watch?v=tzOibgfmENA 予定通り工場より作品を頂きました。DVD Zamba del Loro Mario 音楽的にも映像的にも完成した時点で既に誕生を何度も繰り返しているのですが、こうして一つの作品として形になったことで肩の荷が降りたという、、そんな実感、手ごたえがあります。 制作から実に7ヶ月。たった1曲の長すぎる道程、、その背景も含めて全て今となっては貴重な体験と思えつつあります。参加メンバーの一人が今夜、旅に出かけるということで工場から直接うかがって旅の前に届けることができました。彼女が帰宅する頃、本人が旅に出ている可能性が高いので、その前にどうしても届けたかったのです。本当に感動してくれました。彼女の旅先にマリオと共に非常にお世話になった場所があり、その方に届けてもらうことになりました。そんな御土産と共に再び新しい物語が重なっていくのかもしれません。佐野まり
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